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ウエイファー結成50周年記念ライブ速報

東理夫と尾崎恒もあの頃のブルーグラスを語る

Img_0177s 西の名門The Shaggy Mountain Boysとブルーグラス東西対決(6/27、@第6回小樽フェス)を終え2ヶ月少々、The Way-Faring Strangers(以下ウエイファー)が、改めて結成50周年記念ライブ(9/11、@新宿・バックインタウン:店主、山田英樹)を行い、100名近いリスナーでにぎわいました。この日は同志社OBでブルーグラス界の大御所尾崎ブラザーズとの共演が予定されておりましたが、尾崎恭(78、ヤスシ)氏の体調不良のためキャンセル、代わりのプログラムとして弟の恒(75、ヒサシ)氏と、カントリー音楽通の作家、東理夫(67、ヒガシミチオ)氏を迎えて「黎明期のブルーグラストークショー」が組み込まれました。以下、ウエイファーの熱演ぶりと会場で両氏との歓談から得た“特ダネ”も交えながらロイ田沢が、奇しくもナインイレブン8周年にも重なったこの日の模様をリポートいたします。「写真:ウエイファー元専属MC豊田良友(左)と筆者」

曙橋から徒歩3分の会場は店内禁煙サインのある階段を下りたビルの地下一階。2003年4月、夫人同伴のビル・クリフトンを迎えたウエイファー公演の時は、その夜限りの禁煙だったが今やライブハウスでも禁煙は珍しくない。開演まで1時間以上の余裕があり客はまばらだった。早々に、ウエイファー初代のリーダー武田温志(65、アツシ。Do&Fi)がバック・オーエンズをほうふつさせる風貌の東先生を紹介してくれたので、生ビールをやりながらしばし歓談。筆者も日経で愛読していた氏の名著”グラスの縁から*”が単行本として発売早々に、出版元(ゴマブックス)が倒産し困っていること。カントリーの演奏は八戸グランドホテルの集まりで、年1回作家仲間バンド、メイフライヤーズ**(尾崎孝がEベースで応援参加)のメンバーでも楽しんでいること。黒田美治のメモリアルコンサート2009(9/13@六本木STB139)の演出に参画していること・・・。また、尾崎恒はPSGも弾き、月1回赤坂・ステージー1でT・Shimazu&The Sunny Ranch Boysの一員として演奏していること。今後の熊本カントリーゴールドへの率直な意見などなど。開演19:30が近づく。気がつくとテーブルはもう満席だ。

P9100077s1st セットは以下の曲順で進行した。
1.Fox On The Run :彼らのお手本カントリー・ジェントルメン(以下CG)の十八番曲でキックオフ
2.Sea Of Heartbreak
3.Old Flames:小樽でも演奏した曲。萩生田がリードボーカル
4.The Fields Have Turned Brown:小樽でも。林がリードボーカル
5.Behind These Prison Walls Of Love:武田がフィドルに持ち替えて
6.Double Eagle:Gi Bj Ma Do Giでまわすインスト。中でも金子のギターが光る
7.Banks Of The Ohio:おなじみ人殺しの歌なのに曲調は明るい
8.Remenbrance Of You
9.A Girl In The Night :Rプライスのカントリーナンバーに挑戦、初披露。トリオハーモニーで
10.I'm Coming Back But I Don't Know When
11. Jalapenyo Flash Back:インスト 「写真;左から武田、近藤俊策、金子武美、林京亮、萩生田和弘」

Bt_3shots 演奏が終わり、武田の“日本のブルーグラスの夜明け”の話が始まった。実は“One Japanese Band's Wayfaring To Bluegrass”(武田温志著、訳者Cガーシ。米誌ブルーグラス・アンリミテド2003年4号に掲載)でも紹介されているのだが、要はウエイファー誕生の経緯、バンドの指針決定の背景、現代では考えられない情報不足下でのブルーグラスの習得苦心談、フォークブームや学生バンド全盛時代のこと、さらに日本ブルーグラス界への警鐘と読み応えのある内容である。1959年に武田が桐朋高でバンドを立ち上げたころ、東理夫は立教大生で先ずはカントリーバンドOzark Country Boysを結成、ほどなくブルーグラスに傾斜しOzark Mountaineersを率いることになる。その東が舞台に呼ばれ、オザーク山岳地方ではスコッチ・アイリッシュが持ち込んだ音楽が盛んであったことや、ロイ・ジェームスの司会で有名なビデオホール・カントリー音楽ショーのスターだっジミー時田には大変刺激を受けた思い出を披露すれば、尾崎恒が1枚の“円盤”を持って登壇。それはカントリー音楽が5分間収録の紙のレコードで、1920年前後に米国勤務の父親が日本に何枚も送ってくれたもので、灯火管制下の戦時中は兄弟で押入れに入り、繰り返し聴き覚えた。特にShe'll Be Coming Around The Mountainにはなんと明るい楽しい曲なんだと感動、尾崎ブラザーズの原点ここにありを強調した。さらに尾崎たちEast Mountain Boysのテープ(1958年ラジオ放送収録版)を武田がCD化したこと、 そしてこの6月にはケンタッキー州のROMP(River Of Music Party)に再度参加、ブルーグラス・パイオニア顕彰式に兄弟で臨んだとの報告もあった。“古いだけが取りえですよ”と言いながらもブルーグラス先駆者としての矜持をにじませた。「写真:左から武田、尾崎、東」

P9100095sトークショーが終わり2ndセットに入る。
1.Blueridge:小樽でも。アパラチア山脈の東寄りに連なる山々。東から登る太陽に青く輝く
2.Fare Thee Well:小樽でも。アイルランド民謡Leaving Of Liverpoolが本歌
3.Grave In The Valley:このところ萩生田のソロボーカルは増え続けている
4.Good Woman's Love:遊び人の夫にも優しい妻・・・(近藤)
5.El Dedo:インスト、力強く立つ歌です(近藤)。林のWベースソロに喝采
6.Making Plans:DパートンとPワゴナーのデュオをYouTubeでも聴いたがこれもすばらしい
7.Jesse James:小樽でも好評、あの疾走感がたまらない。武田はフィドルで
8.Red River Valley
9.母からの便り:小樽でも。作者の田村守(東大時代にBGバンド活動)夫妻も客席に
10.Aunt Dihah's Quiltig Party:2ビートの倍の4ビート。Wベース奏者には難易度高し
さらにアンコールで3曲もサービス!
11.Matterhorn:初披露。4人のクライマーが遭難、今や地上に戻るより天国が近い(金子)
12.Lorena:インスト、ハミングコーラスも入り心なごむ
13.Wayfaring Stranger:小樽でも。この曲の存在はバンド命名後に知ったという

50周年を機会に、過去の諸データーをもとにウエイファーの特色を整理してみよう。
1.専属のライブハウスはもたない。公演は多くて年数回程度
2.歴代バンド仲間(計20名、内3名故人)との連帯感が強く、配偶者の協力も絶大
3.CGを範とし都会派ブルーグラスを追求(泥臭さからの脱皮)
4.楽器至上主義を排し、ボーカルも重視
5.メンバーが同じ価値観で表現し、オーディエンスにその気持ちを伝えるため歌詞は見ない
確かに、この日も全24曲すべて暗譜。もっとも萩生田はアンチョコをギターに貼り付けることが多く、それを林がはがす・・・を繰り返してるようだが。ウエイファーの舞台にはいつも譜面台はない。客席にはメンバーの奥方たち、今回も勢ぞろいだ。

なお、ウエイファー年内の出演予定は9/21(月)平塚グラスオープリー30周年、11/14-15(土,日)軽井沢フェス、11/22(日)Ozark Mountaneers(立教OB)、Blue Mountain Boys(青学OB)との競演@バックインタウンである。

例えば2005-4-30の日経夕刊の先述コラムにはこんなくだりがあった。“・・・・・ごくたまにギターを片手に、ハンク(ウイリアムズ)の歌を歌うことがある。歌いながら彼の栄光と悲惨、夢と絶望の短い人生を思い浮かべる。そんなとき、かたわらのビールは苦い。この曲(Tears In My Beer)は、ぼく(東)のハンクに対する思いそのものでもあるのだ”。

**うるさい(5月蠅い)と言われかねないバンド、かげろう(mayfly)のようにはかないバンド、5月に結成したので5月の飛翔(たびだち)などの意味をこめた。

                  敬称略 (リポーター:ロイ田沢 2009-9-14)

写真:二ノ宮和寛、豊田良友、安井治武

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