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ロイ田沢のカントリー聖地巡り<2+>

ロンダと別れ、南へ向かう 

期せずしてミュージカル“キャバレー”を観劇

バージニア南西部の風景と街並みは、実にすばらしい。北海道の美瑛のような丘は花畑はなく一面緑の牧草で覆われ、市街地の住宅庭園は一面芝生だ。南軍のリー将軍やワシントン、ジェファーソンなど大統領をたくさん輩出した州だけあり知的な雰囲気も漂う。アパラチア山脈に沿って南西部に伸びる曲がりくねった道は緩やかな傾斜の丘(ローリングヒルズ)のアップダウンが続く。窓外に広がる牧草地には干し草ロールが転がり、黒牛や馬がのどかに草をはむ。点在する住宅の芝生の庭(ガーデンではなくヤードと呼ぶ)はよく刈り込まれ美しい。ブルーグラス、カントリーの歌詞に頻出する地名がいたるところに。紅葉には少し早すぎたが高地では一部色づいている。約300Km南下して、テネシー州とまちを二分する州境のブリストルから40km北のアビンドンのDays Inn(シングル1泊$62)にチェックイン。西40kmにあるカーター・ファミリー・フォールドの1000席シアターの公演は土曜日のみ、ドライバーのマークの疲れもあり、この夜は市内のライブを観ることに。幸か不幸かブルーグラス、カントリー系の公演はなく、ロンドンに多くあるミュージカル劇場を思わせるBater Theatre(スペルも英国式だ)でお色気満点のミュージカル“キャバレー”を観ることに。要所要所で劇中の難解な英語を隣席のマークに分かりやすい英語に翻訳してもらいながら、あとは歌と踊りで内容の見当をつける・・・。男1人が女2人と遊ぶベッドシーンもやらしさを感じさせない。キャパ400人のこの古い劇場で、役者はすべてマイク無しなのか、ワイアレスをしのばせてるのかは外見からは分からないが、オペラ歌手ではなくても、音響のいい劇場であればマイクは不要かもしれない。バンドはピアノ、ドラムス、各種木管楽器(woodwinds)の編成だった。

9/24(土):アビンドンから北東200kmにあるフロイドに向かう。週末には地元のCountry Store(地元の物産、クラフト品、やみやげもの、音楽CDなど幅広く扱う田舎百貨店のようなもので州内各地にある)でライブがあるらしいので訪問先に選んだが、あいにくライブは前夜の金曜日。店の奥に小さなステージがあり、商品展示の島を後退させ客席をしつらえる方式。そういえば後述のナッシュビル、ダウンタウンのアーネスト・タブ・レコード店もこんなやり方で平日も店の奥でなにかしかのブルーグラスなどのライブがある。ここフロイドではBOMの渡辺敏雄社長が1975年ころレコード店を経営していたことから、お勧めの宿を聞いていたので予約をしておいた。The Pine Tavern Lodge(シングル$66)、木造平屋建て数室しかない。“俺たちに明日はない”のボニー&クライドも泊まった?1930年代からの古い宿である。この夜のライブの選択肢は3つ。①この宿のレストランでやるロックバンドとファイアーダンス②70km南のGalaxのライブ③90km北西、Eagle Rockまで飛ばしマーク友人がホストのジャム大会のいずれか。マークの強い希望で③にしたのだが・・・・。

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右:僧侶の資格もあるH氏

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左:幸子夫人、右:マークの愛嬢アイリーナ

9/25(日):今日は故チャーリー・ウオーラーの幸子夫人を訪ねる日だ。ゴードンズビルまでは250kmの道のり。ロアノークやシヤーロッビルの街並み(信号のない交差点ターン・アラウンドもロンドン的)を見ながら、緑したたる丘々を経由して車を走らせる。13:00に到着すると、マークの愛嬢、アイリーナ(17)がすでに来ていた。この日マークはバンド出演の仕事があり、2人の手のかかる日本人の世話を娘に託して“さようなら”だ。すこぶるお元気な幸子夫人(66)はカレーライスで歓迎してくれた。今夏、この近くのミネラルで大きな地震が発生、被害軽微なるも住民は未体験の激しい揺れに恐れおののいたことが話題となった。チヤーリーの墓石はインドから輸入された御影石、高さ2.5mほど。The Old Country Gentlman(正しくはGentlemen)のChalie Waller(1911-2004)と刻印。Fox On The Run 、Two Little Boys、Crying In The Chapelなど故人が愛した曲も並んでいた。ちょうど7回忌の墓参りとなった。幸子手作りのチョコレートケーキをおいしくいただき日本での再会を約して辞去。テネシー州央大学OGのMinaはナッシュビルでキャリー・アンダーウッドの付き人を続けているという。独身だが、父親ゆずりの顔の皮膚の荒れが悩みの種と母はいう。マーク邸まで北へ100kmのドライブはアイリナーにお願いした。彼女は日本語もかなり分かるので車中ではアメリカの学制(小5、中3、高4)や志望校(エール大学かバージニア大学)のこと、途中、車に跳ねられて道路に横たわるいたち、たぬき、リスなど小動物のこと(鹿のときは車も大破するので大事故だ)。そういえばシェナンドー公園に向かう道路脇では親子ずれの3匹の黒熊を目撃した。

マーク、アイリナー、幸子さん、お世話になりました
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BU社の前で。この車で全1500キロ

9/26(月):バージニア州5泊のうち初日と最終日はマーク邸でお世話になった。この日は荷物をまとめナッシュビルに移動のためダレス空港に向かう。途中ウオーレントンにあるマークの姉マリアンが経営するホース・カントリー(乗馬用品専門店)に立ち寄る。ファッショナブルな乗馬衣装はカントリーミュジシャンやカントリーダンサーの衣装にも似合いそうだ。料金は高めだが、どれも品質はよさそう。この街にはブルーグラス専門誌・ブルーグラス・アンリミテド社もあり、1996年からの購読者の一人として訪問した。往年のブルーグラス・スターたちのポスターや表紙写真が出荷倉庫内に張り巡らされていた。社員は次週から始まるナッシュビルWOB出展準備で忙しい。さあ、今日でマークとはお別れだ。お世話になりました。日本人観光客やカントリー音楽ファンには未開の地とも言えるここバージニア。ナッシュビルのような喧噪と派手さはなく、ブランソンのように劇場の集積はないが、400年前に英国から入植した歴史が息づく街々は清潔で落ち着きがある。マウンティン・ミュージック、ブルーグラス系ではカーター・ファミリー、ビル・クリフトン、スタンレー・ブラザーズ、カントリー系ではロイ・エイカフ、ドリー・パートン、ロレッタ・リンなどアパラチアン歌手を輩出した土地柄故に、プロ、アマを問わずミュジシャンの層は広く厚い。観光名所も多い。またいつの日にか、日本人によるバージニア・ツアーが催行されれば、マークや幸子夫人に活躍の場面があるかもしれない。

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